母は昨日は意識が多少戻り少しだが話ができるようになった
東京や大阪から兄弟や親戚孫が到着する・・・今日は少し意識は朦朧としている状態が続いた
数値が良さそうなので、二晩は付き添いで泊まったが、今夜は18時過ぎに家に帰る
23時前に病院から電話があり様態が変わったの事、すぐゆくとしばらくして最後の別れとなった
葬儀屋に連絡をして、家に遺体を運び、4時過ぎまで処置をする
百一歳となる母だが、頭もしっかりとして、足腰は多少不自由であったが、歩行器などで家では移動している
最近は少し、足腰がさらに弱くなり、階段や車までの移動が困難になってきて、少し物覚えが悪くなってきている
耳の聞き取りがさらに悪くなった、夜中にトイレまで行くのが困難となったので、室内のトイレを購入した・・・最近の介護用トイレは、排せつ物を自動的にパックして処理をしてくれる・・しかし、このトイレは気に食わないようだ、でもまあ、食欲はあり、結構な量は食べている
独り言で「私はいつまで生きるのかね」・・・と言っていた
折鶴もすべての知人に配り終えたようで、ちょっと最近は打ち込むものがない

幼稚園の小さい頃からお付き合いをしている、木谷のお父さんが7月逝去された
お葬式には仕事で行けなかったので、盆の前に清二と弔問に行く
お母さんはもう百歳、これからもお元気で・・
2012年に半兵衛庭園で家族同士で食事会した
2018年のキクエの白寿の祝いが、お会いした最後だった
我が家の月下美人はもうかなりの老木・・・今年は少し元気が無かったが、がんばって開花させてくれた
蕾は15個ほどあったが、半分の7個が真夜中に開花・・・周囲に甘いにおいを漂わせて怪しく咲いている
これは蝙蝠を誘っているようだが、昔には皆実町にもいた蝙蝠は姿を見ることはない
コロナの感染で関西や関東などで緊急事態がでているが、来年は連れて出れないかもしれないので、百一歳の母とサポート役の娘二人で山陰の松江に一泊旅行
松江に行く途中、赤名にあるステーキ屋さんで昼食をとって、一畑薬師、フォーゲルパークと廻って玉造温泉の佳翠苑 皆美に宿泊
佳翠苑 皆美は温泉付きの部屋でサービスも良くかなり満足ができた
翌日は、管田庵、松江城と廻って広島に帰る
ヒデのパソコンの暗唱番号がようやくわかり、2021年1月末までのネットでの履歴を確認してみた
その中に、このYESTERDAY ONCE MORE – Carpentersの曲があった
他にも曲はあったがこの曲だけがかなり違ったジャンルであった
どんな気持ちで聞いていたのだろう
この曲は、夢あふれる昔を思い出しながら歌った曲で、歌っているカレンも若くして自殺をしている
娘二人と午後から枯れた草木を抜いて、枯れた鉢を整理して片付ける
今年は多くの草木が枯れてしまった・・・寒かったせいかな
二階の庭のトマトなどの残骸を抜いて、雑草を抜いてきれいにする