急に思いつき四国キャラバン(1989)

面河渓で ちょっと散策 日付は2/2になっているが服装からすると夏のよう

AWLのクラブを設立当時に、なんとなく高須のVFK宅で、急に話がまとまり四国にドライブに行くことになった

TAMのボンゴで四国の高松に渡り、とりあえず1泊・・・良く覚えていないが.松山の堀江から山に入った権現温泉ではなかったかと思う
次の日は松山は通り過ぎ、砥部によって石鎚山の登山口となる面河渓にゆく
ここから南下して、四国カルストにあるバンガローで1泊
翌日は四万十川を延々と南下して宇和島に.海岸に沿って松山に帰りフェリーで広島に

お袋が昔の写真がいるというので、写真を整理すると懐かしい写真が出てきた
1989/02/02と日付があるが、服装からすると冬ではなく5月頃のようだ、バンガローで泊まったときもあまり寒くはなかった
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湯來の伏郷にある団栗亭で(1988/11)

AWLのキャップを被ったメンバー JSW、QPJ、SDK、USB、GYC、TAMが写っている JSWのパジェロが新車

1988/11/25吉和に建設したAWLの山小屋からの帰り、湯來の伏郷にある団栗亭で食事をしたとき、偶然にJSWさんとお会いする
この頃はまだJSWさんはAWLには所属して間もない頃
店の前で写真を撮った
左の乗用車はSEIのスバル LEONEだと思う
しかし、写真に写っていないのでSEIが撮影したのだろう
そこには、今は亡きUSBさんの笑顔が

ちょっとスキャンの品質が良くない

篠原林道トライアル(1988/09)

篠原林道の途中で JeepはTAMのHJ-58 電動ウインチは外してスノウプララウ取り付け用のステーがバンパーに

1988/09/25三次のTRY-Xのメンバーが広島に遠征してきたので、AWLのメンバーと一緒に、吉和から佐伯に抜ける篠原林道を走る
途中には橋が2個所落ちていたり、林道は雨でかなり荒れた場所が多くウインチも多く使うことになる
当時は絶好のオフロードコースだった
写真からTAM、QPJ、SEI、SDK、JND、KHBなどが確認できる

篠原林道MAP

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1996年 我が家の庭

庭にはモミジや楓など多くの木々が茂っていた

今の我が家はTAMが25年目に建て替えしたもの
以前の家は親父が建てた木造で、裏には大きな庭があった
多分、この写真の後、建屋は解体して新築したものと思う
庭には木々が生い茂り、豊かな庭だったが、その頃は余裕がなくほとんど処分してしまった
写真を見るとその頃が思い出され、ちょっと悔やんでいる
解体の直前にVFKさんに移設してもらった木々もあったが、どうなっているやら・・・1996年06月頃

芝生だった庭は、木々だけが茂っていい感じだった

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三倉岳の水晶山

三倉岳を右手に眺める谷間でお弁当を食べます

三倉岳の北側の谷に入り込む林道があり、そこには水晶が良く見つかりました
小さな子供たちをJeepに乗せて良く行った場所です
両親を連れて子供たちとチロを連れてお弁当をつくって水晶探しに行きます
1986/05の時代です・・・古い写真を整理

愛犬のチロも一緒に

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吉和側からXZBのランクルで山小屋を目指す

今年の雪中行軍は、XZBさんとJNDさんの一緒に、娘をつれて吉和側から、AWLの山小屋を目指すが、やはり、何もないランクルでは坂の手前で行くことができなかった
XZBとJNDは近くの斜面でスキーを楽しんでいた
娘は帰途にはXZBさんのランクルに乗せてもらい帰りに、ネズミと一緒に住んでいると話していた

XZBとJNDランクルを背景に

AWL 雪中行軍 ジープ2重連でラッセル

AWLの恒例の雪中行軍は、手作りの2代目のスノープラウを装着して、J58とJ54の2重連で峠の山小屋を目指します
スノープラウはQPJさんの工場で加工して直し、1代目をから変更して両側にラッセルするようにします
この雪中行軍では順調に吉和の峠にある山小屋に到着できました

ラッセルのショート動画

Jeepでびっくり橋(1983)

びっくり橋を渡ったところで 子供たちも小さい、Jeepの荷台にしがみついて乗っていた まだ30代の前半

湯來からも吉和のもみの木森林公園に通じる道には、我々がびっくり橋と呼ぶ橋があった
Jeepでちょっとスピードを上げて走ると、橋を通り過ぎるときにちょっとジャンプをしてびっくり
この頃はまだ、もみの木森林公園はなく、競走馬を飼育する東山牧場が広がっていた
牧場はもう営業をしていなかったのでJeepingには最適の場所であった
この道を登って、吉和へ抜ける峠にAWLの山小屋があった

子供連れてポインターと山小屋に

ポインターを連れて山小屋に

山小屋はよくいった 山小屋のベランダで

この頃はポインターを飼っていた
名前は忘れてしまったが、よく脱走して2回目には帰ってこなくなった
誰にでもなついていたので持って行かれたかな
山小屋によく子供を連れて遊びに来ていた

スノープラウで山小屋に

USB,GYC,SDK.TAM 背景はAWLの山小屋

USB,GYC,SDK.TAM 背景はAWLの山小屋


初めて試作のスノープロウでSDKさんと佐伯町を経由して吉和側から山小屋に向かいます
スノープラウの固定は単管とクランプで仮設の状態
ちょっと固くなった雪は気持ちがよいぐらいに除雪してあっという間に山小屋に
そこには偶然にもUSBとGYCが山スキーで来ていました

吉和の山小屋完成

広島のコミュニティー紙に掲載

2年間かけてAWLが建設中だった吉和の山小屋が完成して
完成披露、雑誌も取材に、吉和村の村長さん、助役さん、教育長もご招待
個の床に使用した絨毯は竣工前の建物で水が溢れて濡らしたもの頂いて使用
でも、役員室に使用していた高価な絨毯でした
披露の写真はブレていますが、左から三人までは吉和町の三役、次は地主の土居さん、SDK、USB
手前の子供は誰かな?


山小屋で完成披露

山小屋で完成披露

TAMはHJ58で出来上がった山小屋に

TAMはHJ58で出来上がった山小屋に

Jeepの後ろはTAMの娘たち

Jeepの後ろはTAMの娘たち

吉和の山小屋にJeepで

J54の荷台で寒がっているUSB

J54の荷台で寒がっているUSB

吉和に建設中の山小屋にVFKのJ54をオープンにしていってみます
運転はTAMが、荷台にはUSBとQPJが乗っていますが、風が冷たくかなりさむがっています
湯来から吉和に向かう林道には曼珠沙華が満開でした
写真は古い8mmフイルムをビデオに変換したデータを画像に

VFKのJ54はTAMが運転して

VFKのJ54はTAMが運転して

山男のUSBさんは2005年に病死、荷台で笑いこけていた姿が思い出されますね・・山小屋はまだ基礎の部分が組立中
防腐剤を塗って1階の床面の墨出をします

QPJも荷台で寒さで震えています

QPJも荷台で寒さで震えています

J54で林道を飛ばします

J54で林道を飛ばします

山小屋に到着 さあ仕事だ

山小屋に到着 さあ仕事だ

JYCも遅れて到着

JYCも遅れて到着

XZBのランクルで吉和から山小屋に

昔の動画を再編集・・・かなり画像は悪いので8mmを変換したのではないかと思う
年代は保管のフォルダーだと1985年となっているが、画質からもっと古いのでは
吉和に山小屋を建て始めた冬ではないかと思う(1980年頃)・・・この時は娘たちはランクルに乗させてもらった
娘がXZBさんはネズミと一緒に住んでいると言っていたと、喜んでいたのが思い出す
2021/1/15 追記

TRY-X 雪中行軍 立烏帽子駐車場

立烏帽子の駐車場 MIYAKAKUの写真

立烏帽子の駐車場 後ろの山は立烏帽子(1299m)この山の裏側が池の段(1279m) MIYAKAKUの写真

三次のTRY-Xの雪中行軍が比婆山山系の立烏帽子駐車場で開催された
TAMもJeep(HJ-58)にD360のキャンピングトレーラーを牽引して参加した
日付は確か1/19(土)~20日(日)だったと思う
雪の中の雪中キャンプは、立烏帽子駐車場から1m以上の雪の中を歩いて立烏帽子を越えて、池の段にあった石室のような避難小屋で1泊するというハードなもので、TAMはキャンピングトレーラーで寝る予定なので寝袋は持って行かなかった
流石に石室は寒く、火を焚いても煙が多く寝れない
真夜中、大雪の中を歩いて駐車場まで帰り、キャンピングトレーラー(D360)で寝たがD360には暖房はなくかなり寒かった
翌朝はD360の内側の窓は氷で固まっていた
立烏帽子の駐車場からの下りは牽引のD360がJeepを押してジャックナイフとなり下れなかったので、先にD360のブレーキを手動でかけながら下った
その時にはXZBさんも参加していたことが、AWLを結成してわかったが、帰り道の4WD軍団に何処ともなく参加していたのがQPJさんだった
MIYAKAKUの家に寄ってJeep談義で盛り上がった