整理

母の部屋もその後、大きな変化はない

母の旅立ちから早くも4か月以上となってきたが、ようやく整理を始めた
まだ、最終の申告が終わっていないので確定はできないが、ざっとまとめが終わる

母の遺産関係を申請のために整理する

部屋の主が居なくなり時間が止まっている

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確定申告の作成

今日の朝起きると雪が積もっていた

今週の初めから、TAMの確定申告のための資料を整理して弥生に勘定を入力して、決算を作成し、のこ結果を国税局のウエッブサイトで確定申告の書類を作成する ようやくTAMのは終わり、母の確定申告書類を作成する・・・これで最後になるかと思うと何とも言えない気分になる

母の最期の青色確定申告を作成  もう15年以上も作成してきたが、来期からは作ることは無くなった

昼は2号線の天婦羅屋で太刀魚の炙り丼

 

静かな月曜日

静かに週が始まる 天気は下り坂

娘たちも出勤し、親戚も帰り、静かな月曜日となった
母は百一歳で、年齢的にはいつ別れとなってもおかしくはなく、いつもそのことは覚悟していたが
病院に入るわけでもなく、介護施設にいるわけでもなく、家で普通通りに暮らしていたので、やはりその存在は大きかった
母の交友関係も多く、関連する人達で賑やかな日常だった
静かな家の中で、母の部屋にしていた居間にいると、まだそこにいるような感覚になる

創っていた千羽鶴のオブジェ ほとんどは知人や関係施設に配り終えていた

家の中が静かになった

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部屋の片づけ

母が面倒をみていた窓際の植木鉢に水をやる

昨日に引き続き部屋の片づけをする・・・このようなときは人数が多くないとやる気がしない
不要なものをゴミに整理して、残すものと仕分けをする・・午後過ぎには疲れたので終了、16時に東京から来ていた弟夫婦が帰る

母の部屋を片付ける 大きなベットが亡くなったので少しスペースが広くなる

居間も整理して

家の整理

レンタルしていた母の介護用品を返却

昨晩は弟夫婦と従妹と娘と6人で夜遅くまで思い出話などで話をする
少し睡眠不足だが、体を動かさないと落ち着かないので、全員でまずは母の部屋の片づけから開始する・・・大きな電動ベットを解体して半地下にあるTAMの寝室に移動することに、電動部分がかなり重く、一人ではどうもならなかった
色々と整理して、使っていたレンタルの介護用品は返却する・・・まだまだ片づけられそうもないが、従妹が昼過ぎに東京に帰り、午後には親戚で葬儀に出席できなかった呉の叔父さんが弔問・・夕方は食事を作る気がしないので、近くのフランス家庭料理の店に行く、¥4000弱のコースだったが、それなりに美味しくてワインも進んだ

母が気にかけていた果林の実が大きくなっている

夜は近くのフランス料理で

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母の旅立ち

母の百歳写真集と掲載された「美婆伝」 99歳の時に「世界最高齢のビューティアドバイザー」として、ギネスに認定

母の葬儀を徳栄寺で、交遊が多いので本堂をいっぱい使って営む、大勢の関係者に送られて母が旅立った

徳栄寺で母、百一歳の葬儀

家に帰ってきました

母の通夜

通夜は菩提寺の徳栄寺で

仮通夜を終えて、翌日は銀山町の徳栄寺で通夜をおこなう
コロナのこともあり、家族葬も考えたが、母の広いコミュニティーの人々と盛大に送ってやりたかった
多くの人々の参加で多分母の希望に叶う通夜になったのではないかと思う、花道の小原流、ポーラレディとして現役を貫いた百一歳と六ヶ月の生涯、苦しむこともなく穏やかに旅立っていったと思いたい

遺体を寺に搬送する

悲しい別れ

数値は悪くなかったが・・・

母は昨日は意識が多少戻り少しだが話ができるようになった
東京や大阪から兄弟や親戚孫が到着する・・・今日は少し意識は朦朧としている状態が続いた
数値が良さそうなので、二晩は付き添いで泊まったが、今夜は18時過ぎに家に帰る
23時前に病院から電話があり様態が変わったの事、すぐゆくとしばらくして最後の別れとなった
葬儀屋に連絡をして、家に遺体を運び、4時過ぎまで処置をする

 

母の付き添いで病院に泊まる

母が最後に生けていた生け花

昨晩は呼吸停止となったが、強制的に空気を送って1時間続けていると、自力呼吸をするようになった
酸素の圧力を上げて処置をする、まだ意識は戻らないので、横に付き添いで朝10時まで病院に、朝には少し意識が戻り自分の名前などは話せるようになった
血中濃度も少し改善したが、血液中の炭酸ガス濃度が高いとのこと、一度家に帰り甲斐犬のカイを病院に連れてゆく

少し数値は持ち直したが

月下美人の萎んだ花、一晩の命

母の具合が悪い

救急者で梶川病院に、頭のCTとMRI

昨日の土曜から百一歳になっている母の具合が少し悪い、手と足が震えて良く歩けなくなった
日曜日にも回復しないので、脳を疑って脳外科に救急搬送してのを検査してもらいが、特に異常はなかったが、腰が痛いというので、行きつけの総合病院で日曜だが診察をお願いした
脳外科病院から総合病院への移動時には、車椅子から立ち上げれない状態となった
総合病院で腰のレントゲンでは圧迫骨折の疑いがあるので、入院することになり、夕方遅くまで手続きをする
家に帰ると折り返し病院から、自力呼吸ができなくなったと連絡があり、駆け付ける

月下美人が咲きました

月下美人が咲きます

一気に15のつぼみが膨らんできて、今夜は六つの大輪が咲きました
夜中の22時ごろに満開、一晩の命ですが、小さな葉から凄い大きな花が一気に咲くパワーは凄いですね

今回は6個の第輪が咲きました

百一歳の母も起きて鑑賞

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百一歳の母

最近は鶴のオブジェクトを作成して知人に配っている


百一歳となる母だが、頭もしっかりとして、足腰は多少不自由であったが、歩行器などで家では移動している
最近は少し、足腰がさらに弱くなり、階段や車までの移動が困難になってきて、少し物覚えが悪くなってきている
耳の聞き取りがさらに悪くなった、夜中にトイレまで行くのが困難となったので、室内のトイレを購入した・・・最近の介護用トイレは、排せつ物を自動的にパックして処理をしてくれる
でもまあ、食欲はあり、結構な量は食べている

母を連れてワクチンの接種に

玄関の階段を降りたところで車を待つ101歳の母

ワクチンの接種案内が来て、予約しようと思ったらどこも満杯
ようやく近くの個人病院で受け付けてくれたが、ワクチンが届いたら順番に電話するとのこと・・・三日前に電話が来て、母を連れて接種に出かけた
接種後は発熱などは無く、大きな問題はなさそうだが、肩が痛くてたまらないそうだ・・・日にちが過ぎると少し楽になったよう

近くの個人病院で接種 次回は6/21

母と叔母

母と沖田のおばさん 家の食堂で、大好きだったミカンとお寿司がある

母は日頃からこんな幸せなことは無い
本当に良い時が過ごせるといっていた
三次の母の妹に当たる叔母もよく家に来て母と一緒に過ごしていた

しかし、ヒデのことが大きな悲しみとして、心を痛めたことが悔やまれる

母の百一歳の誕生日

無事に百一歳の誕生日を迎えることができた

母は最近は足が悪くなり一人で歩くことが難しくなってきたが、まだ自分のことは自分でできるし、頭はしっかりしているので、家族は助かっている
今の状態が、長く続くことを祈るばかりだ

人数が少なくなったのでケーキも小さめ

 

母と甲斐犬のカイ

部屋でゆっくりとスコッチでも飲みながら、Old Days Musicを聞く

今日の夕方は娘たちは帰ってこない
母と二人で食事をして、カイに餌をやるが、カイは未だおねだりを
のんびりと好きなことをやっている土曜日だった
夕方に眼鏡の修理に行くが、ついでに予備用の眼鏡をつくる
夕方はパソコンの前でスコッチなどストレートで楽しむ

百歳の母と16歳の甲斐犬のカイ

広島市からお祝い

広島市南区長さんがお祝いを持参していただきました

母キクエの百歳の祝いを広島市から頂きました

我家でお祝いを頂きます

記念品を頂きました

敬老の日に広島市から百歳の祝いを頂きました・・・母は来年3月で満百歳ですが、今年度ということでお祝いをするそうです
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